「この事業には、まだ引力がある」——成長の壁にぶつかったKAENと、もがき続けた畠中の葛藤と挑戦
文:梅木 主道

プロダクトは、すでに市場に受け入れられている。それでも、次の顧客層をどう開拓すればいいのかは、誰も教えてくれない。
PMFを達成したBtoB企業が、次に必ずぶつかる壁、それが「GTM(Go To Market)」だ。
「泥臭とテクノロジーで、届けたい人へ」
全国のパートナーと企業をつなぐ市場開拓プラットフォーム『TAAAN』も、その壁にぶつかり一度は成長を止めた。
3年前、TAAANは順調に成長していた。
しかし、市場の追い風が弱まるとともに、その成長は鈍化していく。何を変えれば、もう一度この事業を伸ばせるのか。
「これまで伸びてきたのは、自分たちの実力だけではなかったのではないか」
試行錯誤を重ねても、答えは見つからない。一度は失われかけたTAAANの「引力」を、畠中はいかにして取り戻したのか。
これは、畠中が率いるオフラインマーケティング事業部の意思決定の記録である。
畠中 潤
株式会社KAEN
オフラインマーケティング事業部 部長
新卒で株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社し、法人営業を経験。その後オンリーストーリーでカスタマーサクセスを経験し、2023年KAENに入社。
「なぜ伸びているのか分からない」——順調だったTAAANが直面した成長の壁
——まず、畠中さんがTAAANに関わるようになった経緯から教えてください。
最初は、TAAANのパートナーをどう増やしていくか、再現性を持ってパートナーを集客するにはどうすればいいか、というところからスタートしました。
そこから派生して、自社でもパートナー事業をやってみようということで、新規事業として代理店事業を立ち上げました。ただ、結果としては半年ほどで終了することになりました。
その後、メーカーサイドの新規営業に移り、TAAANの事業責任者を務めるようになりました。新規営業だけでなく既存顧客も含めて、徐々に事業全体を見るようになっていった形です。
——当時、TAAANの事業は順調に成長していたのでしょうか?
2023年から2024年にかけては、売上自体は順調に伸びていました。
ただ、今振り返ると「なぜ伸びているのか」を自分たち自身がきちんと理解できていなかったんです。
パートナーを増やそうとしたり、営業チームをホリゾンタルSaaSとバーティカルSaaSに分けて新規開拓をしたり、いろいろな施策を試していました。でも、それらの施策に明確な手応えがあるわけではない。それでも、なぜか数字は伸びている。
「自分たちのこの動きが事業成長につながっている」という確信がないまま、売上だけが伸びている状態でした。
——その状況が変わったのはいつ頃ですか?
2024年末から2025年にかけてです。そこで売上の成長が明確に鈍化しました。
当時は特定の大口顧客への依存度も高く、その企業の予算の伸びが鈍化すると、僕らの成長率も一緒に鈍化する構造になっていました。
背景にあったのが、インボイス制度や電子帳簿保存法を追い風にした、いわば「特需」の落ち着きです。
それまでは請求書関連のSaaS市場自体が急速に伸びていて、メーカー側も広告宣伝費を積極的に投下していました。市場全体の受注率が高かったので、Web広告でもアウトバウンドでも、ある程度成果が出やすかった。
TAAANも、その成長の波に乗っていたんだと思います。
でも、市場が一巡して投資スピードが緩やかになったとき、僕らの成長も一緒に鈍化した。そのとき初めて、「これまでTAAANが伸びてきたのは、自分たちの実力だけではなかったのではないか」と気づき始めました。

成長が止まり、会社のリソースもTAAANから離れていった
市場の追い風が止まり、初めて見えてきたものがあった。
TAAANの成長を支えていたのは、本当に自分たちの力だったのか。
畠中は、それまで信じてきた成長の前提を疑い始めていた。
——事業責任者としても、かなり苦しい時期だったのではないでしょうか。
僕が事業責任者を任せてもらったタイミングと、売上が伸び悩み始めたタイミングが重なっていたんです。
途中で責任者を離れることにもなって、単純に自分の力不足をすごく感じていました。
何かを変えなければいけない。でも、何をすれば変わるのかが分からない。
パートナーとの連携を強化してみたり、商談の質を上げるための仕組みを考えたり、新しい業界を開拓してみたり。いろいろなことを試しました。でも、どれもしっくりこないし、数字にも反映されない。
自分がTAAANを再成長させる道筋を示せていないから、会社全体がこういう状態になっているんじゃないか。そんなふうに、ずっと力不足を感じていた時期でした。
——会社全体としても、TAAANに対する見方は変わっていったのでしょうか。
そうですね。会社としても、TAAANだけを信じてリソースを投下し続けるというよりは、「仮にTAAANが伸びなかったとしても、次の成長につなげられるようにしよう」という方向に少しずつ変わっていったと思います。
新規事業に人を張るようになって、TAAANに関わる人も徐々に減っていきました。時期によっては、限られたプロパー社員と業務委託のメンバーを中心とした、かなりコンパクトな体制で事業を進めていたこともありました。
会社の戦略としても、TAAAN以外に次の可能性を見出そうとしていたんだと思います。
——事業を担っていた畠中さんとしては、TAAANへの期待が少しずつ薄れていくような感覚もあったのでしょうか。
多少はあったと思います。
もちろん経営としては合理的な意思決定ですし、僕自身も「何をやれば伸びるのか」が分かっていなかった。
だから、人を増やしても伸びるか分からないのであれば、別のところにリソースを張った方がいい、という判断になるのは理解できるんです。
でも、事業を担っている側からすると、やっぱり苦しかったですね。
当時のことを振り返って、「ようやくトンネルを抜け始めた」と表現したことがあるんですが、その前までは、本当に出口がどこにあるのか分からない感覚でした。

「質の高い商談」という、自分たちが信じていた価値を疑う
新しい施策を増やすのではなく、自分たちが「価値」だと信じてきたものを疑う。
TAAANは、本当は何を顧客に提供しているのか。
その問いが、停滞していた事業を再び動かし始める。
——そこから、何がターニングポイントになったのでしょうか。
一つは、自分自身がセールスだけでなくCSまで見るようになったことです。
それまでは営業側として「いい商談を取ってきています」と言う立場でした。でも実際にはチャーンも起きているし、予算を十分に消化できない顧客もいる。
そこで、自分がCSにも入り、セールスから既存顧客まで一気通貫で見るようにしました。
実際に顧客と会話して一次情報を取りにいく中で、TAAANに求められている価値が見えてきました。
——それまで、自分たちではTAAANの価値をどう捉えていたのでしょうか?
当時は「質の高い商談を大量に提供できるサービス」だと思っていました。
例えば、事前にターゲット条件を細かく設定することができ、商談時に条件と乖離があった場合は報酬の支払いを却下できる。これはWeb広告ではできないし、非常に質の高いリードを提供できている、と。
ある意味、「BtoBマーケティングにおける最強のサービスなんじゃないか」とすら思っていたと思います。
ただ、僕自身がメーカー側の商談の日程調整やリマインドを担当する機会があって、実際に商談相手とコミュニケーションを取る中で、それまでとは違った実態が見えてきました。
必ずしも明確な課題やニーズを持って商談に臨んでいる方ばかりではなく、情報収集に近い温度感で参加されるケースも少なくなかったんです。
そこで初めて、「自分たちが思っているほど、商談の温度感は高くないんじゃないか」と気づきました。
——それは、自分たちのサービスそのものを否定するような発見でもありますよね。
そうですね。そこはかなり難しかったです。
それまで自分たちは「質の高い商談を提供できる」と言ってきたし、社内でもそう信じていた。それを「実は違うんじゃないか」と言うことは、これまで会社が作ってきたものを否定するようにも聞こえてしまう。
でも、顧客と向き合っていくと、別の価値が見えてきたんです。
顧客が求めていたのは、必ずしも「受注率の高い、温度感の高い商談」ではありませんでした。
これまで自社では接点を持てなかった企業と、新しく接点を持てること。
一件一件の受注率だけを見るのではなく、これまで接点を持てなかった潜在顧客との接点の絶対量を増やし、その先にある受注の絶対数を増やしていくこと。
そこにTAAANの本当の価値があるんじゃないかと、捉え直すようになりました。

「どんな会社にも売れる」を捨て、150社に絞った
——提供価値を捉え直したことで、ターゲットも変わったのでしょうか。
変わりました。
スタートアップとして考えれば、「どんな企業にも使ってもらえるサービス」であった方が市場規模は大きく見えます。
でも僕は、実際にはそうではないんじゃないかと思い始めていました。
そこで、これまでTAAANの価値を継続的に享受してくれている顧客と、逆に短期でチャーンしてしまった顧客の共通点を、定量・定性の両面から改めて分析しました。
その結果、TAAANが本当に価値を出せるのは、LTVが高く、マーケティングへの投資余力があり、営業人員も十分にいる。そして、すでに一定のPMFを果たしていて、その先の潜在顧客層を開拓しようとしている企業なのではないか、と考えるようになりました。
いわば、キャズムを超えて次の成長を目指している企業です。
——そこから、具体的にはどのように営業戦略を変えていったのでしょうか。
まず、そうした条件に当てはまるSaaS企業を一社ずつ調べました。
外部のSaaS企業リストなども活用しながら、資金調達額や事業フェーズなどの公開情報を集めて、最終的には100〜150社ほどのターゲットリストを作りました。
そこからキーマン情報も調べて、一社一社、「この会社には誰がいるのか」「自分たちのネットワークから、どういう経路でその人につながれるのか」までアプローチプランを作っていったんです。
それまでもトップSaaS企業は狙っていました。でも、あくまで数あるターゲットの一つだった。
そこから「もう、この企業群に集中しよう」という意思決定をした。ターゲットが一気にシャープになりました。

商談数を追う営業から、「価値を届けるべき企業へのリーチ」を追う営業へ
——営業のKPIも変わったのでしょうか。
そうですね。
それまでは、受注金額と受注社数の目標があって、受注率から必要な商談数を逆算する、いわゆる一般的な営業の考え方でした。
必要な商談数を作るために、テレアポをしたり、フォーム営業をしたり、展示会に出たりする。
そうすると、どうしても「いい商談が買えますよ」という営業になってしまうんです。
僕ら自身、本当はそれだけじゃないと気づき始めている。でも、目標数字が決まっているから、受注するためにそういう売り方をしてしまう。
そこで一度、ゼロベースで考え直しました。
「僕らは、どういう企業の、どういう課題を解決する存在なのか」
そこを定義したうえで、本当に価値を届けられる顧客に対して、その価値を愚直に伝えることをKPIに変えたんです。
極端に言えば、「150社にどれだけリーチできたか」を追う。
それで本当に伸びるかどうかは分からない。でも、まずは自分たちが信じた方向に集中しよう、と。
結果として、そこから成長曲線が戻ってきました。
「このGTM戦略はいける」。再成長の手応え
「誰にでも売れる」を捨て、価値を届けるべき150社に絞る。
それで本当に事業が伸びる保証はなかった。
それでも畠中たちは、自分たちが見つけた答えに賭けることを決めた。
そして、止まっていた成長曲線が、再び動き始める。
——戦略を変えて、最初に「これはいける」と感じた瞬間は覚えていますか。
具体名を出せるかは分からないんですが、あるSaaS企業に営業したときですね。
明確にマーケティング責任者をキーマンとして特定して、社内の人的ネットワークを調べて、知人経由で接点をつくりました。
そこで僕らが新しく定義した価値を伝えたところ、一気に複数プロダクトでの導入につながったんです。
そのときに、「このやり方、このGo To Marketの戦略自体がいけるんじゃないか」と思いました。
——ほかにも、象徴的な事例はありましたか。
ある企業では、初月で100件ほどの商談を創出できたこともありました。
その企業がちょうど新規企業との接点を大量に必要としていたタイミングと、僕らが「TAAANは新しい企業との接点を提供するサービスなんです」と価値を捉え直したタイミングが合致したんです。
マーケティング担当者からしたら、それまで存在しなかった新しい商談創出チャネルが突然現れたような感覚だったと思います。

TAAANを売るのではなく、顧客の「市場開拓」を設計する
——顧客からの相談内容にも変化はありましたか。
大きく変わりました。
以前は「TAAANで何件商談を提供できます」という話が中心でした。
でも、僕ら自身が「市場開拓を支援する会社なんです」というスタンスになってからは、顧客からも、もっと上流の相談をもらえるようになりました。
例えば、「来期の営業戦略を実現するために、どのターゲットを狙えばいいのか」「どういうパートナーと組めばいいのか」「どれくらいのコストで、何件の商談創出が見込めるのか」といった相談です。
中には、「予算を渡すので、全部設計してください」と言ってくださる企業も出てきました。
TAAANというプロダクトを売るというより、顧客が市場を開拓するために必要な方法を一緒に考える。
単なるサービス提供会社から、市場開拓のパートナーに少しずつ変わってきた感覚があります。
事業の「奥行き」が、組織の可能性も広げた
——提供価値が変わったことで、組織にも変化はありましたか。
あったと思います。
以前は「いい商談を提供できます」というプラットフォームを売る仕事だった。
でも今は、「顧客の市場をどう広げるのか」を考えて、そのために必要なチャネルを組み合わせて、最適な形を提案していく仕事になってきています。
仕事自体が難しくなった一方で、奥行きも出てきました。
実際、以前KAENへの入社を検討してくれたものの、最終的に辞退した方がいたんです。
当時は、「TAAANの営業で自分がバリューを出せるイメージがない」と感じていた。いい商談を提供するプラットフォームを売るだけなら、自分じゃなくてもいい、と。
でも2年ほど経って、改めて今の事業について話したときに、「それなら自分がこれまでやってきたソリューション営業の経験を活かせるかもしれない」と言ってくれたんです。
事業に奥行きが生まれたことで、仕事にも奥行きが生まれた。
それによって、以前とは違う人材を惹きつけられるようになってきたのは、大きな変化だと思います。

一度離れた会社の「引力」を、もう一度TAAANへ
——一時期はTAAANから新規事業へリソースが移っていったという話がありました。再成長によって、会社の空気も変わりましたか。
そうですね。
一度は、「TAAANだけに賭けるのではなく、ほかの可能性も探そう」という方向に会社全体が動いていたと思います。
でも、TAAANの提供価値を捉え直して、ターゲットを絞り、営業のやり方を変えたことで、少しずつ成果が出始めた。
結果として、「やっぱりこっちなんじゃないか」と、もう一度TAAANに目が向くようになってきた。
そういう意味では、事業の再成長によって、会社の引力をもう一度こちら側に引き戻せた部分はあるのかもしれません。
TAAANにとってのGo To Marketとは何だったのか
——今回の経験を振り返って、畠中さんにとって「Go To Market」とは何だったと思いますか。
まだ、階段の最初の方まで登ったぐらいだと思っています。
ただ、その中で一つ成功体験を積めたとも思っています。
自分たちが提供している価値を正しく捉える。
その価値によって、どの企業の、どんな課題を解決できるのかを考える。
そして、その企業に対して、価値の届け方と売り方を変えていく。
その結果、ある特定の領域の顧客に対して、PMFに近い状態をつくることができた。
これが僕らにとってのGo To Marketの第一段階だったんじゃないかと思います。
あの頃の自分に伝えるなら、「現状を否定することを恐れない」
——もし、一番苦しかった時期の自分に今アドバイスするとしたら、何を伝えますか。
「現状を否定することに、もっと勇気を持ってもいい」と伝えると思います。
会社もそうですし、僕自身もそうだったんですが、「本当はこっちの方がいいかもしれない」と思っていることがあっても、そこに集中し切れなかった部分があった。
事業がうまく伸びていないときに、「なぜ伸びていないのか」と本気で向き合うことって、簡単そうで意外と難しいんです。
周りにはステークホルダーがいるし、これまで進めてきた計画もある。
その中で、「そもそも、このやり方は正しいんだっけ」と疑うことには、すごくパワーがいる。
でも、そこで違和感を飲み込んで「まあいいか」と思わずに、勇気を持って思考を深め切る。必要であれば、一度立ち止まってでも、再成長への道筋を見出すまで考える。
僕自身、それをもう少し早くできていたら、停滞期を短くできたかもしれないと思っています。

「市場開拓ならKAEN」と言われる会社をつくりたい
——最後に、これから畠中さんが実現したいことを教えてください。
市場開拓の専門家集団のような組織にしていきたいですね。
最近は、お客さまからの期待が大きくなっていると感じるシーンも増えています。
だからこそ、その期待に応えられる人を増やしたいですし、提供できるサービスやソリューションも増やしていきたい。
TAAANだけに閉じるのではなく、複数のチャネルを組み合わせながら、「この会社が新しい市場を開拓するためには何が必要なのか」を考え、実行できる会社にしていきたいと思っています。
BtoB企業が新しい市場を開拓したいと思ったときに、「まずKAENに相談しよう」と思ってもらえる。
そんな立ち位置を、この業界でつくっていきたいですね。
一度は、成長が止まり、人が離れていったTAAAN。
それでも、自分たちの価値を問い直し、届けるべき相手と向き合い続けたことで、事業は再び動き始めた。
そして今、その「引力」は、顧客や仲間を惹きつけながら、TAAANの先にある「市場開拓」という新たな可能性へと広がり始めている。

株式会社KAEN
「時代を変える産業に火をつける。」をミッションに掲げ、企業がまだ開拓できていない新規市場や顧客層との商談・リードを創出することを通じてPMF後のB2B企業が直面する「答えのないGTM」という構造課題そのものをアップデートする企業です。
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